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SRGBLOG

えすあーるじー、もしくはするがです。映画とかオモチャについて書きます。

シビル・ウォーが残した爪痕

映画・ドラマ ヒーロー

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こんにちは、SRG( @SuShimaB )です。

シビル・ウォー/キャプテンアメリカが公開されてから2週間ほど経過した5月13日。

知り合いが続々と「シビってきた」中で一足遅れて俺もシビりに映画館へ。

予告編や前評判から暗い内容だということはわかっていたけどラストの決戦シーンは観ていてこっちが辛くなるほど。

シビル・ウォーが俺の中に残したものについて記します。

 

※この記事はネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意。 

 

実際にシビって来た人は感想がすぐに出ただろうか。

俺は映画館を出て30分ほど絶句してしまった。

映画がクソだったから?違う、その逆。

 俺は映画を観る際、必ず好きなポイントを探しながら観る。シビル・ウォーは好きなシーンが多すぎた。そして、その大半はヒーロー同士の対立。

それも「こっちの意見もわかる。でもそっちの意見もわかる。でも戦ってほしくない。」というような二律背反。

この映画内だけでなく、今までのマーベル・シネマティック・ユニバースの映画を観てきたからこそわかる意見の対立。

両者ともそれまでの価値観の上で動いた正解の動き。

これはファンであればあるほど絶句してしまう映画だと思う。

 

悲壮感が漂い、ピリピリとした一触即発の緊張感。

だが、アントマンスパイダーマンの登場で緩急がハッキリしていて観ていて暗くなりすぎない。

豪快さは抑え気味ではあるが、派手なシーンもバリバリ観られるし、そういった絶妙なバランスの上でラストのバトルシーンの迫力が生きてくる。

 

ラストバトルのシーンにはニューヨークの街で宇宙から来た侵略者軍団を相手に無双するような派手さも無ければ歴代ヒーロー全員で必殺技を敵に叩き込むような豪快さも無い。

むしろキャプテン・アメリカ シリーズの最終作のラストバトルシーンとして、かなり地味だなと思ったくらい。

絵面は地味だけど、やっていることは今まで仲間だったヒーロー同士の潰し合いであって、シールドを振り下ろすカットなんかは観ながら「もう・・・やめてくれ・・・」となって涙を零した。

 

 

それぞれの単独映画が始まった当初、

アイアンマンはこんな人だよね。そしてキャプテンアメリカはこう。といったファンの中でのそれぞれのヒーロー像があったと思う。

だがアイアンマンもキャプテンアメリカもキャラクターとして生きていて、ヒーローとして、人間として経験を積むうちに考え方が180°変化している。

その経験によって変化した価値観や友情が友情を引き裂き、チームを内部分裂させる。

 

通常、ヒーロー映画に求められるテイストは敵が出てきてヒーロー集合、そしてみんなでぶっ飛ばすアクションシーン。

その中に力を持つ事への葛藤や戦いへの理由付けなどを絡ませて更なる旨味が出てくる。

アベンジャーズ1作目や、スーパーヒーロー大戦シリーズなどがこの手法でヒーローの集合を描いている。

しかしシビル・ウォーを経て、この味付けはいわゆるヒーロー集合モノの魅せ方としてもはや過去のものとなったように感じた。

マーベル・シネマティック・ユニバースが時間をかけて積み上げてきた物を根本から掘り起こし、倒壊させた。

生きたキャラクターであるヒーローたちがそこまで積み上げられたヒーロー映画の概念をも崩壊させたのだ。

 

正直、俺の中でこの映画は未だ評価がつけられない。

今後ブラックパンサーやスパイダーマン、アベンジャーズ インフィニティウォーが公開されてからもう一度観てみたいと思う。

この映画の結末を完全に評価できるのはその後になりそうだ。

 

・・・だけど好きなポイントを単体で語ることもできるし、それもちょくちょく書いていくつもり。

 

以上です。